死は特別なことなのか

神戸新聞のニュース記事で
看取りを中心とした施設の建築に際し
地域住民が反対をして計画が中心になったという記事が掲載されていた。
「看取りの家」断念 多死社会の課題浮き彫りに(神戸新聞)
さて、「死」は特別なことなのだろうか。

全ての人間は、生まれてくれば確実に死をむかえる。

確かに地域住民にしてみれば、
「なぜここに」という気持ちは理解できない訳ではない。

最近ではあまり(というか、ほとんど)聞かないけど
介護保険が始まった頃は、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)の建設に際しても
地域住民から「認知症高齢者が近くにいるのは怖い!嫌だ!」などの
反対運動が行われていたことを見たことがある。

以前、近隣の病院が建て替えを行った時に
住民説明会に参加したら、病院の隣に住む住宅の住民が

『霊安室を自分の家の方角に作らないで欲しい!!』
と言っていた方がいて
はっ???・・・(-_-;)
と思った。

病院の場合は、(名称はともかく)霊安室のような場所が必須とされているようだ。
公にされている図面に「霊安室」の文言は書かないだろうが。

わたしは長いこと介護業界にいるので
「死」は決して特別なことではないと思っている。
というか、日常の一部だ。

まさか今どき、亡くなった方が
ウラメシヤ~
って出てくるとは思ってないだろうに・・・。

認知症や死は、まだまだ世間一般には
「特別なこと」の一部なのだろうか。

この記事を見てそのようなことを考えた。